「京都ぎらい」

文化論
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表題の鮮烈さにひかれ購入していたものを、京都へ受験に同行するのを機に、読みました。

  1. 洛外を生きる
  2. お坊さんと舞子さん
  3. 仏教のある側面
  4. 歴史のなかから、見えること
  5. 平安京の副都心

本書は、五章からなります。読むべきは、第一章です。

洛中の京都人による洛外の差別

第一章は、まさに「京都ぎらい」の表題どおりの内容となっています。

著者の井上章一氏は京都市ではあるが、洛外である嵯峨の出身です。洛中の京都人による洛外への差別を、いくつかのエピソードにより、つまびらかにしていきます。

洛中の名士に、嵯峨の出身であることをつげると、

「昔、あのあたりにいるお百姓さんが、うちへよう肥(こえ)をくみにきてくれたんや」

と、言われます。これは、『田舎の子なんやな』と念をおす揶揄であったと、作者は受け取ります。

またそのことを、西陣で生まれ育った著名な民俗学者である梅棹忠夫氏に話します。氏に、嵯峨あたりを田舎と見下したか、と問うと、ためらいもせずこたえます。

「そら、そうや。あのへんは言葉づかいがおかしかった。僕らが中学生ぐらいの時には、まねをしてよう笑いおうたもんや。じかにからこうたりもしたな。杉本秀太郎がそんなふうに言うのも、そら、しゃあないで」


その梅棹忠夫氏が設立した博物館には、全国の方言による「桃太郎」が聞ける装置があり、京都弁は本人が吹き込んでいます。そのことを、中京で生まれそだった30数年来の友人に話したときに、返ってきたことばがふるっています。

「京都を西陣のやつが代表しとるんか。西陣ふぜいのくせに、えらい生意気なんやな」


適齢期を過ぎた女性が、山科からの縁談を嫌がり、理由を聞かれ、こたえます。

「そやかて、山科なんかいったら、東山が西の方に見えてしまうやないの」

作者の屈折

洛中の京都人の中華思想を嫌悪している作者ですが、その偏見を分かち合っていることを告白しています。

亀岡出身者に、嵯峨がけっこう近いと言われると、心の奥にどす黒い想いのもたげることをとめられないといいます。

『なんやて、亀岡が嵯峨と隣どうしやて、ちょっとまってえな。亀岡なんか、一山こえなたどりつけへんやんか。それにな、嵯峨はやで、いちおう行政的には京都市内なんやからな。そこのところは、わきまえておいてもらわんと』

作者は、京都人に差別意識をうえつけられ、屈託をかかえながら京都近郊に住みつづけています。

それを恨みがましく書き連ねますが、どこかユーモアを感じさせます。洛外にとって深刻な問題かもしれませんが、そのユーモアが救いとなっています。

まとめ

そうじて、上記のように、登場人物の発言が、滑稽でおもしろく描かれています。

また、特筆すべきことは、文章が巧みだということです。ときに辛辣に、ときに自虐的に、ことばの力によって、もっとも効果的に表現しています。

そして、部外者からすると、実にどうでもいい、優越感と劣等感で、勝手にしてくださいといったところです。おもしろいけれども…。

第二章以降は、わりと普通な京都の歴史や文化論です。あっさりと読めて、特に強い印象は残しません。

前半の「京都ぎらい」な部分を読むだけでも、この本には価値があったとおもいます。

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